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(164) 主要道路からも、鉄道からも外れた、小さな集落
主要道路からも、鉄道からも外れた、小さな集落。
40k程離れた、ここ、南飛騨に比べ、温暖な気候のその地は、名を「温井」(ぬくい)と云う。

 狭い道路は通る車も疎ら、時折、静けさを破るのは、石灰採取の発破の音。
時の流れから取り残されたかのような地に、母方の祖母が、一人で暮していた。

 道路を挟んで流れる、綺麗な水の流れる谷川、日当たりのいい裏山に、点々と咲くタンポポ。
花の好きな祖母の植えた、素朴な花達の奏でる春は、いつも、穏やかで優しかった。

 原種のような、小さな赤いアネモネと、紫色のヒヤシンスに、黄色のスイセン、白いユキヤナギ・・
そして、ぐるりと家を囲む、沈丁花達の強い香り。
 
 肌寒い春の朝に、夕暮れに、あるいは、しとしとと降る雨の中、歩くとギシギシと音がする、すすけた柱の古い家に、いつも満ちていた春の香り。

 永遠に続くかと思われた穏やかな春は、ある冬の日、唐突に終わりを告げた。
雪がちらつく寒い日、一人ひっそりと、祖母は還らぬ人になる・・・

 主の居なくなった家、春が巡る度、沈丁花は香り続けた。
数年後、道路の拡張で、家が取り壊されるまで。

 跡地には、叔父の家が建ち、拡幅された道路を、ひっきりなしに車が走るそこに、あの、穏やかな春は、もう無い。

 忘れた頃に見る夢は、いつも、春爛漫の花の中。
 「いい匂いだろう? 沈丁花って云うんだよ?」

沈丁花よ、想いは、風に乗り、時を越えて届くだろうか?


・・・彼岸花

私の香り・香水のつけ方:


(2008-12-20)
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