( 香水工場の )
香る生活
ムスク香水とムスクの誤解
(2013/01/19)
香水に関わる仕事をしていると「ムスク」は避けて通れない。しかし、本物のムスクを体験できる機会はあまりありません。その体験希少性が誤解の元?・・・ムスクの誤解と本当について(2013/01/20)
(2011-07-27 加筆版)
先日は、「香水にはオシッコが混ぜられている」という香水の「オシッコ伝説」について書きました(絶対にありません)。きょうは「ムスク伝説」。
ムスクは、香水成分でもっとも有名な成分の一つです。あまりにも有名で、香水の一成分なのに「ムスク香水」なる香水ジャンルさえ形成する勢いです。
ムスク香水の場合は、そのまま「ブランド名+Musk」や「ブランド名+White Musk」のように商品名の一部に「Musk」を取り込んだ製品もありますが、Muskを商品名に入れていなくてもムスクをウリにしている製品はたくさんあります。
さて、このムスク、いったい何だと思いますか?香水業界では、代表的な動物性香料とされます。
ムスクとは、ネパールやヒマラヤ周辺に生息する小柄なジャコウジカ(麝香鹿、musk deer、シカの一種)から採取される香料です。ジャコウジカは原種に近いシカとされ、小さく弱々しい感じの動物です。
(ネットで検索すると写真が出てきますが、本当に弱々しくみすぼらしい感じのバンビに見えます)
ムスクはジャコウジカの睾丸から採取されるという伝説があります。ウソです。
ムスクは人で言えば皮脂みたいなモノで、その特殊な皮脂を分泌する香嚢(musk gland)という器官がおヘソの下あたりにあります。
そこでムスクが生成されます。
「Musk」は、もともとサンスクリット語で「睾丸」を意味する言葉だったことが、ムスクの睾丸伝説の発生原因と思われます。
また、ムスクはオスにしか生成せず、そのニオイがメスを引き寄せるためのものと言われています(他の説もあります)。
ムスクのメス誘因効果は抜群であり、メスのシカどころか人間さえもセクシーな気分にさせる不思議な力があることが古来より知られているスペシャルな香料です。
人間の場合、男性も女性もムスクでセクシーな気分になると言われておりジャコウジカとは様相が異なりますが、「セクシーな気分」(性的興奮度)をどうやって科学的に計量するかとなると信頼できる数字を私は見たことがないので、あくまでも気分の問題に見えます。
しかし、ムスク香水で色っぽく輝いている女性ってたまにおられますので、効果があるのかもしれません(ただし、ムスク香水のムスクは、合成香料のムスクであり本物ではありません)。
「ムスク=フェロモン効果」という伝説も、そういう事情から生まれた伝説と考えられます。個人的には「ムスク=フェロモン」は信じられません。プラシボでは?
なぜなら、現在本物のムスクを使用している人は、ほぼ0%なんですから。
ヒトフェロモンは発見されておらず(発見されたと主張する人々はおられます)、ヒトへの性的興奮作用や異性誘導効果は依然不明です。
ムスクはジャコウジカから採取すると聞いて、心配になられた方もおられるかもしれません。ご安心ください。現在、ジャコウジカからムスクを採取することは学術用途以外、確実に減少しています。
市販の香水で本物のムスクを使用した香水はまずないでしょう。
本物のムスクは高価というだけでなく、ムスクを輸入することはワシントン条約で禁止されています。
また、香料を採取するためだけに動物を傷つけることは世界的に非常識になりつつあり、本物のムスクを使用したい香水メーカーは今時存在しないことがその理由です。
現在では、合成100%のムスク香料が本物のムスクの代替品として利用されています。
合成ムスクは様々なものが開発されていますが、残念ながら現代の最先端技術をもってしても天然のムスクの完成度には遠く及びません。
多くの合成香料は、自然界に存在する香り物質の分子構造を再現したものです。よって、「合成」か「天然」か科学的にも区別できないものが多数あります。
一般消費者からは「合成香料」というだけで嫌われますが、実際は「合成」「天然」の違いがないものがほとんどです。あえていえば「天然」は不純物が含まれやすいという状況があります。
ところが、ムスクの合成香料に関して言えば、合成ムスクは天然ムスクの再現ではなく、自然界に存在しなかった物質を人工的に作り出したもの(ニューケミカル)がほとんどです。
ニューケミカルは、それまで自然界に存在しなかった物質ですので、数十年・数百年使用したときにどんな副作用が含まれるかわらない点がリスクです。
実際、1900年代初期に作り出されたムスクは現在では発ガン性が疑われ使用されなくなりましたし、その後の合成ムスクには環境ホルモン的な疑いがもたれております。また、安全性の面でも問題が提起されることがあり、何かと話題の多い香水原料です。
近年、安全性の高い合成ムスクが作られるようになってきており、今後の合成ムスクの進化は香水産業の発展に大きな影響を与えそうです。
世界広しと言えども、一般の方が本物のムスクを手にとって体験できる場所はほとんどありませんが、なんと、この日本にはそういう場所とチャンスがあります。
お香専門店です。
沈香や伽羅といった香木は、もはや誰も入手できないほど稀少で高価なものですが、日本のお香専門店には、ムスクを含め、沈香や伽羅などの稀少香料の数百年にわたる備蓄があるのです。世界的に見ても、稀少香料の天然資源保管施設の役割を果たしています。
たとえば、京都の松栄堂さんにはシャネルなどの蒼々たる香水ブランドの重鎮さんたちが通われていますが、彼らでさえ入手できない香料とそれらに対する加工技術・伝統あってこそと思います。
幸いなことに、日本のお香専門店では、一般の方を対象として「お香作り体験セミナー」のようなイベントが比較的頻繁に開催されており、ごく微量ではありますがムスクに触れる機会があります。
本物のムスクを体験したい方は、ぜひ探し見てください。私は、山田松香木店さんで一般観光客の方々に混じって体験したことがあります。感動的でしたよ。
「Money is like muck, not good except it be spread」(Francis Bacon)
英語名言集を読んでいたら「Muck」が「ムスク」に見えて目が留まりました。よく見ると「Musk」ではなく「Muck」。Muckは「肥溜め」「堆肥」という意味でした。
(Muckは、「ムック本」のムック(Mook)ではありません。発音はむしろ「マック」、Muskの発音はむしろ「マスク」)
フランシス・ベーコンはヨーロッパ中世のイギリスの哲学者。中世ヨーロッパでは肥溜めが畑の肥料として利用されていることを知り新鮮でした。有機循環型社会ですね。今はどうなんでしょうね?
「カネは、肥やしのようなもので、まき散らさなければ用をなさない」
ビジネスマンたる者への教えでしょうか。よい名言なのでぜひ覚えましょう。
(2013-01-19)
香水に関わる仕事をしていると「ムスク」は避けて通れない。しかし、本物のムスクを体験できる機会はあまりありません。その体験希少性が誤解の元?・・・ムスクの誤解と本当について(2013/01/20)
(2011-07-27 加筆版)
香水のあまりにも有名な成分
先日は、「香水にはオシッコが混ぜられている」という香水の「オシッコ伝説」について書きました(絶対にありません)。きょうは「ムスク伝説」。
ムスクは、香水成分でもっとも有名な成分の一つです。あまりにも有名で、香水の一成分なのに「ムスク香水」なる香水ジャンルさえ形成する勢いです。
ムスク香水というジャンル
ムスク香水の場合は、そのまま「ブランド名+Musk」や「ブランド名+White Musk」のように商品名の一部に「Musk」を取り込んだ製品もありますが、Muskを商品名に入れていなくてもムスクをウリにしている製品はたくさんあります。
さて、このムスク、いったい何だと思いますか?香水業界では、代表的な動物性香料とされます。
ムスク伝説、その1
ムスクとは、ネパールやヒマラヤ周辺に生息する小柄なジャコウジカ(麝香鹿、musk deer、シカの一種)から採取される香料です。ジャコウジカは原種に近いシカとされ、小さく弱々しい感じの動物です。
(ネットで検索すると写真が出てきますが、本当に弱々しくみすぼらしい感じのバンビに見えます)
ムスクはジャコウジカの睾丸から採取されるという伝説があります。ウソです。
香嚢から分泌される特殊な皮脂
ムスクは人で言えば皮脂みたいなモノで、その特殊な皮脂を分泌する香嚢(musk gland)という器官がおヘソの下あたりにあります。
そこでムスクが生成されます。
「Musk」は、もともとサンスクリット語で「睾丸」を意味する言葉だったことが、ムスクの睾丸伝説の発生原因と思われます。
ムスク伝説、その2 フェロモン効果?
また、ムスクはオスにしか生成せず、そのニオイがメスを引き寄せるためのものと言われています(他の説もあります)。
ムスクのメス誘因効果は抜群であり、メスのシカどころか人間さえもセクシーな気分にさせる不思議な力があることが古来より知られているスペシャルな香料です。
人間の場合、男性も女性もムスクでセクシーな気分になると言われておりジャコウジカとは様相が異なりますが、「セクシーな気分」(性的興奮度)をどうやって科学的に計量するかとなると信頼できる数字を私は見たことがないので、あくまでも気分の問題に見えます。
しかし、ムスク香水で色っぽく輝いている女性ってたまにおられますので、効果があるのかもしれません(ただし、ムスク香水のムスクは、合成香料のムスクであり本物ではありません)。
「ムスク=フェロモン効果」という伝説も、そういう事情から生まれた伝説と考えられます。個人的には「ムスク=フェロモン」は信じられません。プラシボでは?
なぜなら、現在本物のムスクを使用している人は、ほぼ0%なんですから。
ヒトのフェロモン物質は不明
ヒトフェロモンは発見されておらず(発見されたと主張する人々はおられます)、ヒトへの性的興奮作用や異性誘導効果は依然不明です。
今時のムスクは、100%合成香料
ムスクはジャコウジカから採取すると聞いて、心配になられた方もおられるかもしれません。ご安心ください。現在、ジャコウジカからムスクを採取することは学術用途以外、確実に減少しています。
市販の香水で本物のムスクを使用した香水はまずないでしょう。
本物のムスクは高価というだけでなく、ムスクを輸入することはワシントン条約で禁止されています。
また、香料を採取するためだけに動物を傷つけることは世界的に非常識になりつつあり、本物のムスクを使用したい香水メーカーは今時存在しないことがその理由です。
現在では、合成100%のムスク香料が本物のムスクの代替品として利用されています。
問題も少なくない合成ムスク
合成ムスクは様々なものが開発されていますが、残念ながら現代の最先端技術をもってしても天然のムスクの完成度には遠く及びません。
ニューケミカルの合成ムスク
多くの合成香料は、自然界に存在する香り物質の分子構造を再現したものです。よって、「合成」か「天然」か科学的にも区別できないものが多数あります。
一般消費者からは「合成香料」というだけで嫌われますが、実際は「合成」「天然」の違いがないものがほとんどです。あえていえば「天然」は不純物が含まれやすいという状況があります。
ところが、ムスクの合成香料に関して言えば、合成ムスクは天然ムスクの再現ではなく、自然界に存在しなかった物質を人工的に作り出したもの(ニューケミカル)がほとんどです。
長い年月使用したあとの副作用リスク
ニューケミカルは、それまで自然界に存在しなかった物質ですので、数十年・数百年使用したときにどんな副作用が含まれるかわらない点がリスクです。
実際、1900年代初期に作り出されたムスクは現在では発ガン性が疑われ使用されなくなりましたし、その後の合成ムスクには環境ホルモン的な疑いがもたれております。また、安全性の面でも問題が提起されることがあり、何かと話題の多い香水原料です。
近年、安全性の高い合成ムスクが作られるようになってきており、今後の合成ムスクの進化は香水産業の発展に大きな影響を与えそうです。
一般の人でも本物のムスクを体験できる機会
世界広しと言えども、一般の方が本物のムスクを手にとって体験できる場所はほとんどありませんが、なんと、この日本にはそういう場所とチャンスがあります。
お香専門店です。
沈香や伽羅といった香木は、もはや誰も入手できないほど稀少で高価なものですが、日本のお香専門店には、ムスクを含め、沈香や伽羅などの稀少香料の数百年にわたる備蓄があるのです。世界的に見ても、稀少香料の天然資源保管施設の役割を果たしています。
たとえば、京都の松栄堂さんにはシャネルなどの蒼々たる香水ブランドの重鎮さんたちが通われていますが、彼らでさえ入手できない香料とそれらに対する加工技術・伝統あってこそと思います。
幸いなことに、日本のお香専門店では、一般の方を対象として「お香作り体験セミナー」のようなイベントが比較的頻繁に開催されており、ごく微量ではありますがムスクに触れる機会があります。
本物のムスクを体験したい方は、ぜひ探し見てください。私は、山田松香木店さんで一般観光客の方々に混じって体験したことがあります。感動的でしたよ。
余談ネタ、MuskとMuck
「Money is like muck, not good except it be spread」(Francis Bacon)
英語名言集を読んでいたら「Muck」が「ムスク」に見えて目が留まりました。よく見ると「Musk」ではなく「Muck」。Muckは「肥溜め」「堆肥」という意味でした。
(Muckは、「ムック本」のムック(Mook)ではありません。発音はむしろ「マック」、Muskの発音はむしろ「マスク」)
フランシス・ベーコンはヨーロッパ中世のイギリスの哲学者。中世ヨーロッパでは肥溜めが畑の肥料として利用されていることを知り新鮮でした。有機循環型社会ですね。今はどうなんでしょうね?
「カネは、肥やしのようなもので、まき散らさなければ用をなさない」
ビジネスマンたる者への教えでしょうか。よい名言なのでぜひ覚えましょう。
(2013-01-19)
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